続・亀の瀬の春(大阪府柏原市)ー「亀の瀬弁才天・国分寺」

4月8日(日)の柏原市・亀の瀬地滑り対策事業区域を訪問した際記事の続きを忘れておりました。

前回:H24.7.1 亀の瀬の春(大阪府柏原市)



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対策事業区域から大和川を越え、国道25号線を歩きます。

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国道・JR大和路線が交差。

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正直、このあたりの国道は歩くのが怖い。

左手に旧・森組の採石場跡が見えます。

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かつてはこちらから索道で川を挟んで向かいのJR(当時は国鉄)線へ砂利を運んでいたのは、これまでもご紹介しました。

私が小学生の頃、こちらで採石が崩れる事故があり、国道が封鎖されたという記憶があります。

近年、採石場は閉鎖されたようですが、その跡地利用について、色々検討されている模様です。

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と、「亀の瀬弁才天・国分寺」と書かれた立て看板が目に付きました。

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「国分寺」・・・まさか、日本史の事業で学習した国分寺とは関係あるまい。
そもそも、発掘されている河内国分寺跡とは場所が少しずれている。

とりあえず行ってみることにしました。


(ここから先はこのルートです。)

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看板の矢印に向かって進行。半ば朽ちた階段を上っていきます。

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ほどなく、「亀の瀬弁才天・国分寺」に到着。

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一見、普通の住居のように見えますが、ごく最近に興されたお寺ということなのでしょうね。

この「国分寺」が、真言宗のお寺であることはわかりました。
由緒ある「国分寺」を、この地で再興されたようです。

このお寺のBlogを見つけました。
河内国分寺復興を志して!

このBlogを拝見すると、意欲的な活動をなされているようですね。


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国分東条町の一部に当たる、この山の斜面の住宅地は、もともとの地元の方か近接の工場地区の従業員の方々がお住まいなのでしょうか?
まあ、河内堅上駅まで徒歩圏内なので、住宅地としては悪くない。
個人的には好きですね。
買い回り関係は良いとは言えないけれど。


売り物件も出ていました。

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川向かいのJR河内堅上駅を眺めます。

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住宅地を降りて国道25号線へ戻り。元の採石場跡へ向かいます。

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採石場前の、赤い鉄製の「弁天橋」を渡り、河内堅上駅へと向かいます。

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続きます。
次でおしまいです。
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